わたしを離さないで(カズオ・イシグロ著、土屋政雄、訳)

わたしを離さないで

わたしを離さないで


1990年代のイギリス、介護人キャシーの生い立ちの話とくれば、イシグロ読者の思い出す、ある風景があるだろう。そう。「日の名残り」のような。でも、話はそう簡単ではないのだ。

キャシーと、トミーと、そしてルース。ある一時期を「ヘールシャム」で過ごした人たちを軸にして、男女の恋愛や、女の子同士でよくありがちな複雑な人間関係やらが淡々と描かれていく。ところが、このちょっと普通そうで普通じゃない日常は、実は奇想天外な何かを孕んでいる。これは、古き良きイギリスの伝統を描いているように見せかけた、とんでもない超現実小説なのだ。その謎の出方が小出しすぎて、気になって気になってしょうがないから、寸暇を惜しんで一気読みするハメになる。だれか一人くらい、タイトルにかこつけていうんじゃないかな。"The story never let me go." そう、そのストーリーは、私を惹きつけて離してくれなかった…。