音のない記憶〜ろうあの写真家 井上孝治(黒岩比佐子、著)


3歳で聴覚を失った写真家、井上孝治氏の生涯に関するルポ。著者が初めて井上氏と出会った時の状況というか、微妙なるズレが埋めきれない感じが、経験上なんとなくわかる。
この本のスタンスが、井上の「耳を聴こえない」という事実をちょっと強調しすぎだったのと、一般的な聴覚障害=悲劇という目線に立ち過ぎている気がしたのは、気のせいか。どうも私の周辺の友人は、どの障害があってもそれを感じさせない人が多いので、ちょっとよくわからなかった。昭和30年代はまだそういう時だったということか。なお、文中に秋山庄太郎氏の話が出てくる。この人も、一時障害を持つ人の写真を撮っていたが、「人の不幸を撮っているという耐え難い気持ちから、被写体として選ぶのをやめた」と。それにひきかえ、井上氏は自身がすでに障害を持っているため、被写体が障碍者でも目をそむけない、と。ストーリーとしては美しいがなんだか深読みしすぎな気がしてしまった。
あとは、有名写真家と比較しようとしているように見えたのはなぜだろう。
ブレッソンと比較するまでもなく、市井の人や子供の日常をとらた作品は、どれも魅力があると思う。井上孝治氏の写真、とくに「想い出の街」という写真集にある、人にフォーカスした写真は本当によい。つまり、とくに有名人を引き合いに出さなくても、井上氏の作品だけスポットを当てても、十分魅力的な写真を撮影する人だと思った。
本書の中にも、福岡や沖縄で撮った写真が収録されている。これらの写真を観るだけでも、一見の価値あり!