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アンドレアス・グルスキー展@新国立美術館

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Andreas Gurskyアンドレアス・グルスキー は、ドイツの現代写真家。その写真展が素晴らしいというので、会期最終日前の台風の中赴いた。
色々な意味で圧巻。デジタル技術による加工なども含まれているが、連続模様が織りなす風景は、この世のものなのに現実世界のものではないような感じだ。以下、印象に残ったものの感想を書く。
バンコク」シリーズ
チャオプラヤ川をデジタル加工しているものなのでしょうか。一瞬マーブリングをしたような、あるいは何かの幾何学模様みたいな感じなのだけれども、よくみるとゴミが浮いていて…しかもそのゴミが日本語の風俗本だったりマスカットキャンディーの空き袋だったりして、ちょっと気持ちが萎える。そもそもこんなに汚れた川を被写体にする発想も珍しいし、その現実を一瞬忘れさせてくれるような加工をするということに驚かされる。
 
ピョンヤン」シリーズ
有名なマスゲームの様子をとらえた作品。背景に至るまで人が並んで構成されているということに驚くが、それでも、よーーく観ると、マスゲームの構成要員である女性のポーズとか足の開き方、手の角度なんかが少しずつ違うところに、リアルを感じる。マスゲームといったって、何から何まで同一のことをするのは、人間として難しいんだろうなぁきっと。
それにしても、一人一人の表情がわかるマスゲームの情景ってなんだか新鮮だ。
 
レース関連
モナコ」「F1 ピットストップ」「ツールドフランス」と、レース関連の大作が何点かあり、印象に残っている。たとえば、ピットストップでは、ホンダとトヨタを並べて、ギャラリーまで含めてとらえるとか、ツールドフランスだったら、レース会場となっている山の上から下までとらえているところがおもしろい。レースの集団に合わせて色々なものが動いているところがわかる。
 
香港、シカゴ、中東などの取引所を対象とした作品があるらしいが、(シカゴは展示してあったな)、「群衆」をはじめて捉えた作品が、この「東京証券取引所」なんだそうだ。まだコンピュータが古いな…とか、ほぼ男性しかいないな、とか、わずかながら存在する女性がバブリーな髪形だ…など、色々と気がつく点はあるけれど、この一瞬が写真としてあるというだけで、当時を感じることができる。シカゴと東京だと、整然さとか床に落ちているゴミだとか働いている人の格好などもまったく違う。こんなところにもお国柄が出るのだろうか。
 
建物系
モンパルナスのアパルトマンの、おびただしい数の窓越しに人々暮らしが垣間見られるという作品も面白かったが、図書館、空港、サンパウロのセー駅などの作品も面白かった。きっと、ああいう切り取り方でその建物を撮影したものをみたことがなかったせいかな。
 
働く人とその現場系
ニャチャン(だっけ、ベトナムの編み笠?工場の姿)やグリーリー、福山のような牛舎の風景、また畑仕事+畑の畝を捉えた作品など、釘付けになった。だだっ広い空間で、みんな同じ作業をしているのだけれども、こまごまと違う情景がある。だからこそ、単なるコピー&ペーストでは表現できない味が出るのか。眺めていて飽きない。
 
99セント
サンセット通りの99セントショップの風景らしい。何列も棚があって、人々が買い物しているのだが、その棚が奥の方まで微妙に眺めることができる。隣でみていただれかが「同じチョコのブランドのコーナーに、全然違う商品がひとつだけ置いてあるあたり、だれかが急に買うのをやめてそこに置いた感じが出ていてリアル」といっていた。確かにおっしゃるとおり。そんなリアルがたくさんあって、でも、デジタル加工されているんだよねぇ?
 
岐阜県飛騨市神岡鉱山内のニュートリノ検出装置が題材になっている。今回の展覧会のメインポスターにもなっているやつだ。金色の物体がびっちり敷き詰められているタンクの下に、船に乗っている人が二人…現実なはずなのに、こんな異次元空間みたいなところが日本にあったなんて。
 
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予想よりも楽しくて、じっくりじっくり眺めてしまったのであった。マクロ的視点なのにミクロまで追えるのが、作品の面白みなのだろう。