マヌーシュ・ジャズのスタンダード"Manoir de Mes Reves"と"Django's castle"は同じ曲なんだ!

今日、あるジャズ喫茶に行ったところ、こちらのアルバムが流れていた。Phil Woodsの"Live from the Showboat"。1977年の第20回グラミー賞で最優秀ジャズ・グループを受賞した名作だ。
f:id:asquita:20210320232608p:plain

このアルバムに、自分には耳あたりのよい、よく知っている(けど咄嗟に曲名が思い出せない、いい加減に覚えなさいよわたし)マヌーシュ・ジャズのスタンダードが入っていたのでジャケットを確認したところ、"Django's catsle"というクレジットが。いや、ジャンゴって書いてあるからこれだけど、この曲名ではないような...帰宅して確認してすっきりした。そうそう、 "Manoir de Mes Reves"って書いてあれば、もっとすっきりしたのだ。

では、なんで二通りの曲名が存在するのだろうか。たとえば、"Les Yeux Noirs" = "Dark Eyes" = "黒い瞳" というのはわかる。すべて一緒の意味なので、すぐに一緒の曲を指すことは一目瞭然だろう。しかし、この "Manoir de Mes Reves"と"Django's castle"は、微妙に受ける印象が違うのだ。

辞書で"le manoir”を確認すると、こんな記述だ。(小学館ロベール仏和大辞典編集委員会編『小学館ロベール仏和大辞典』 小学館 , 1988.12)
1 (田園の古い)館,広壮な屋敷.
2 【歴史】
(1) (田舎の)城館:防備施設のない点で château と区別される. [比較] ⇒château.
(2) (英国の)領主所領,荘園.

一方で、英語の"castle"、フランス語の"chateau"は、城郭とかお城。上にもあるように、防備施設の有無は規模感で変わるようだ。フランス語でもう少しニュアンスが知りたい方はこちらの記事をどうぞ。"chateau とmanoirはどう違うのか?"
Comment faire la différence entre un château et un manoir ?

"Manoir de Mes Reves"はいってみれば、「夢のお屋敷、おうち」みたいなニュアンスだが、英語は"Django's castle"、つまり「ジャンゴの城」。まあ、自分の家のことを「城」と呼ぶようなこともあるから、あながちまったく間違ってもいないのはわかる。ただ、ちょっとのことではあるが、同じタイトルだとすぐに考えられなくなってしまうのだ。

実はこの疑問を私以外にも持っていた人がいるらしく、こちらのジャンゴ関連の掲示板にも、Johnさんという方が同じ疑問が書かれていた。「 「いつ、なぜ "Manoir de Mes Reves" が英語で "Django's Castle"になったのか、ご存知の方はいらっしゃいますか? (ジャンゴの)ほとんどの曲はほとんどフランス語のタイトルで知られている上に、(この二つのタイトルは)直訳として近い意味にないので、気になったんです。」
www.djangobooks.com

こちらの掲示板に寄せられた情報によれば、はじめにこのタイトルでレコーディングをしたのは、Chet Atkinsが1959年にリリースしたアルバム"Boo Boo Stick Beat"でのこと。このアルバムのクレジットでは、Django's castleのあとに"Manoir de mes reves"というタイトルがきちんと記載されているのがわかる。

日本でリリースされたアルバムも、「夢の館」が邦題として採用されていたようだ。
f:id:asquita:20210321112101j:plain

その後、1967年頃発売されたジャンゴ・ラインハルトのレパートリー本"A Treasury of Django Reinhardt Guitar Solos"で曲の知名度が高まり、グラミー賞まで取るほど人気のあったPhil Woodsの作品で"Django's castle"という曲名が一部定着したのかもしれない。

Joe Passも、2011年のアルバム"Plays The Music Of Django Reinhardt"の中でこの曲を"Django's castle"のタイトルでレコーディングしている。

ジャズの世界で活躍しているミュージシャンも、ジャンゴ・ラインハルトに魅力を感じている人が一定数いるんだなぁ。ジャンゴとチェット・アトキンスの出会いについてはこちらのサイトに詳しいので、興味のある方はどうぞ。
Django and Chet Atkins | Gypsy Jazz UK