地唄(有吉佐和子)

地唄(新潮文庫)

地唄(新潮文庫)

実家にあった本を読み漁った。そのうちの1冊がこの短編集だ。いずれも伝統芸能を題材にしている。
「地唄」
目の見えない大検校である父親と、日系2世との結婚で米国行きが決まるもそれを言い出せない娘、邦枝の物語だ。結婚して3年もの間父親との関係の断絶があったが、いよいよ差し迫った米国行きを言わなければならないなか、やむを得ず父の前に立つ娘。繊細な耳を持つ、普通の人がわからない琴の4の糸のわずかな調子狂いを思わずなおしてしまったことで、父が目の前にいるのが娘だと気が付き、なお音程を全部高めに調整しなおすという、古典芸能の一家ならではの意地の見せ方の演出が心憎い。この2世の青年である譲治も、東洋哲学を学び、菊沢検校のファンということで邦枝に出逢ったというのに、その結婚を反対されているのだから皮肉なものだ。でも、手塩にかけて娘に芸事を教えてきた父親としては、当時ならますます才能ある娘を外国にやるなど許せないことだったに違いない。

「墨」
勝手に書道家の話だと思っていたら、主人公は女流の舞踊家だ。白い絹に墨絵を描きこんだ衣装が舞台衣装として好評だったことから、老画家との交流が始まる。老画家が、自分の使っている方于魯の墨と自分の命をなぞらえたことから、舞踊家の春子は北京公演の際にわざわざ骨董屋で方于魯の墨を買い求め、老人に渡すのだった。着物の描写もさることながら、30を超えた舞踊家の年齢を重ねることによる美への執着ははっとさせられる。そして、老人が愛用する墨をみる際の春子のとった行動や、墨絵を描いている時の自分の気持ちを春子がきちんと汲み取っているということがわかったから、それが人の心を動かしたいに違いない、などと思ったりする。自分を理解している人にのみ心を開く…芸術家ってそういうものなんだろうな。

「黒衣」
歌舞伎座にて大部屋俳優として一生を終えたある老いた俳優の話だ。なんとなく故・中村小山三さんなどを想像したりしていたが、小山三さんのほうがはるかに恵まれていたかな?

人形浄瑠璃
文楽の伝統を守ろうとした結果、分裂した文楽の世界。どうやら文楽座の分裂自体は実話だったようだが、とにかくそれぞれの想いが交錯しつつも、分裂して大きな団体から離れた玉次郎という人形師が三味線の万八とともに、興業を成り立たせるために奔走する。その間の若手の成長や若手をひっぱる玉次郎の苦悩などが描かれている。

いずれの話も、あるひとつの芸事を極めた人のみが知り得る強い思いを美しく描いた作品で愉しめた。