[ 嘉義&阿里山&台北2026]車で阿里山に行く時のおすすめ観光スポット

今年の6月に台湾は阿里山に行ってきた。私はこの嘉義から阿里山に行く20年ぶり2回目だ。
本当は、阿里山林業鉄道に乗って嘉義から阿里山の旅を楽しむのが一番なのだが、1日一本(阿里山5号)しかなく、予約困難となっている。
afrts.forest.gov.tw

そこで、今回は、車を手配して阿里山に行くことになった。
車旅のよいところは、寄り道の融通がきくことだと思う。そこで、今回の旅で立ち寄ることができた素敵な観光スポットを3ヶ所ご紹介しようと思う。

1.太平雲梯(タイピン・ユンティ)

この橋は、もともと交通を便利にするためではなく、海抜約1,000メートルの太平村に人を呼び、地域の新しいランドマークにするために計画された景観吊り橋だ。地元が建設を働きかけてから開業するまでには、十年以上を要したという。

全長は281メートル。一般的な吊り橋のように左右対称ではなく、北側の橋塔は22.8メートル、南側はわずか5メートルしかない。山を橋に合わせるのではなく、橋を山の地形に合わせたためだ。風の通り道に架けることから風洞実験も行われ、主ケーブルだけでなく、横揺れを抑える耐風ケーブルも組み込まれているとか。残念ながらこの上を渡る勇気も時間もなかったので、今回は下から眺めるのみだったのだが。

ところで、この太平雲梯のふもとには、なぜか大小さまざまなサイの彫刻が並んでいた。橋とサイにどんな関係があるのだろうと思ったが、調べてみると、これは台湾の彫刻家・施力仁による公共アートだとのこと。

サイは、力強さや希望を象徴すると同時に、絶滅の危機にある動物でもある。作品には、自然を守るというメッセージが込められているという。また、サイと象は古くから吉祥の動物とされ、二つがそろうと「太平の世」を表すともいわれる。作品展の名称「犀象太平」には、太平村の平和と繁栄を願う意味も込められてい流らしかった。つまり、映えスポットもたくさんある観光地だったのだった。



2.霧裡村(ウーリーツン)×百冠(バイグアン)製茶所


嘉義県梅山郷太和村にある家族経営の製茶所がこちら。自ら茶畑を持ち、高山茶や品評会向けのお茶を製造してきたとか。現在は二代目が経営に参加し、伝統的な製茶所を、若い世代も立ち寄りやすいブランドへと発展させている。百冠製茶所は台湾政府の茶業情報サイトにも登録されており、2023年には衛生安全製茶工場として三星評価を受けたとか。ここで買った高山茶を友達の茶芸師に持って行ったところ、良いお茶だと評価された。
andpremium.jp

併設された喫茶スペースの名前が「霧裡村(ウーリーツン)」。山間部で一年を通じて霧に包まれることが多く、仙境のように見えることから名付けられた名前らしい。目の前はお茶畑。眺めのいいところでお店の人とGoogle Translationを使って会話しながら、買うお茶を選ぶのもまたよし。ただし、こちらは現金購入のみなので、お気をつけて。最低でも500TWDは持って買い物をするのが良い。


3.旺萊山 (ワンライシャン/ Pineapple Hill)

調べてみたところ、嘉義県民雄(ミンション)がパイナップル産地になった理由は、主に三つあるという。

  • 北回帰線の近くにあり、熱帯と亜熱帯の境界にあたる温暖な気候
  • パイナップルの栽培に適した、やや酸性の赤土
  • 地元に農業試験所の嘉義農業試験分所があり、品種や栽培技術の研究が行われてきたこと

民雄は台湾でもパイナップル栽培が盛んで、このエリアも畑だらけなのだが、その中でもマーケティング上手だったのが、この旺萊山だ。ここでは、地元産のパイナップルを生果として売るだけでなく、鳳梨酥、ジュース、酢、酒、ドライフルーツなどに加工している。建物の中は、パイナップル栽培から加工に関する展示物も充実しているし、試食もOK。さらに、黒猫のキャラクターも採用。建物の周りにも、畑だけでなく、黒猫を活用した絵馬に願い事を書くような企画も。


というわけで、電車に乗れなかった方、車で阿里山に行くことを決めた方はぜひ訪問してみてほしい。

すきやきのタレを有効活用するレシピ:チャプチェなど

「韓国春雨」100gをセールでお安く買った。せっかくならチャプチェを作ろう...と思ったが、ふと、冷蔵庫の奥で眠っているすき焼きの割下が活用できないか? というわけで、AIにこんなレシピを弾き出してもらった。

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すき焼きのたれで作るチャプチェ(2〜3人分)
材料
韓国春雨(乾燥)……100g
牛肉または豚こま肉……100g
玉ねぎ……1/2個
にんじん……1/3本
ピーマン……2個
しいたけ……2枚
ごま油……大さじ1
白ごま……適量

調味料:

すき焼きのたれ……大さじ3
水……大さじ2
おろしにんにく……小さじ1/2
ごま油……小さじ1
こしょう……少々

※すき焼きのたれが濃い場合は、最初は大さじ2から入れて調整してください。

作り方
韓国春雨を袋の表示どおりにゆで、ザルに上げます。長ければ、キッチンばさみで食べやすい長さに切ります。
玉ねぎ、にんじん、ピーマン、しいたけを細切りにします。肉も大きければ細めに切ります。
フライパンにごま油大さじ1を熱し、肉を炒めます。火が通ったら、にんじん、玉ねぎ、しいたけ、ピーマンの順に加えて炒めます。
春雨を加え、すき焼きのたれ、水、にんにく、こしょうを入れます。中火で2〜3分、汁気がほぼなくなるまで炒め合わせます。
火を止めて、ごま油小さじ1と白ごまを加えます。味見をして、薄ければすき焼きのたれを小さじ1ずつ足します。

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おろしニンニクがなかったので、代わり(にならないかもしれないが)に生姜の千切りを追加。本当にチャプチェの味になって感動している。

ちなみに、AIには、他のの「すき焼きのタレ消費レシピ」についても質問してみた。


すき焼きのたれは、醤油・砂糖・みりん・だしがまとまっているので、煮物や炒め物に幅広く使えます。特におすすめは次の7品です。

豚バラと大根の甘辛煮
豚バラ200gと大根1/3本を炒め、水200ml・すき焼きのたれ大さじ4・しょうがを加えて20分ほど煮ます。ゆで卵を加えても合います。
鶏の照り焼き
鶏もも肉1枚を皮目から焼き、余分な脂を拭いて、すき焼きのたれ大さじ2〜3を絡めます。たれに甘みがあるので、焦げないよう最後に加えるのがコツです。
牛肉とごぼうのしぐれ煮
牛こま肉200g、ささがきごぼう1本、しょうがを炒め、すき焼きのたれ大さじ3と水大さじ3を加え、汁気がなくなるまで煮ます。ご飯やお弁当に向いています。
親子丼
鶏もも肉100gと玉ねぎ1/4個を、水80ml・すき焼きのたれ大さじ2で煮て、溶き卵2個でとじます。味が濃ければ水を少し増やしてください。
肉じゃが
じゃがいも3個、玉ねぎ1個、にんじん1/2本、肉150gを炒め、水250ml・すき焼きのたれ大さじ4〜5で煮ます。調味料を何種類も量らずに作れます。
焼きうどん
肉と野菜を炒め、ゆでうどん1玉を加えます。すき焼きのたれ大さじ1½〜2を絡め、仕上げに黒こしょうや七味を振ります。卵黄をのせるのもおすすめです。
甘辛そぼろ
ひき肉200gを炒め、すき焼きのたれ大さじ3とおろししょうがを加え、水分がなくなるまで炒ります。そぼろ丼、卵焼き、レタス包み、豆腐のトッピングに使えます。

使い切りを優先するなら、比較的たくさん消費できる「豚バラ大根」か「肉じゃが」がよいと思います。反対に、味が少し飽きてきたら、にんにく・ごま油を加えて韓国風、酢やレモン汁を加えてさっぱり味に変えられます。

勝山左義長まつり 2027 〜 「浮人カードガチャ」やってみた。

毎年2月の最終土日に行われる福井県勝山市の奇祭、かつやま左義長まつりに今年も行ってきた。三国を旅したのはこのお祭りのついでと言っても過言ではなく、2012年以降二年に一回はこのお祭りに来ている。もはやこのお祭りに行きすぎて、記録していない年もあるかもしれない。
asquita.hatenablog.jp




えちぜん鉄道で勝山に向かうと、どんどん雪が深くなっていくのだけれども、今年はそんなに雪がなくて逆にびっくりした。珍しいこともあるものだ。


まずは、「 おいしい、ちよ鶴」というお店で、鯖おろしそばを。その後は、キーワードとともにメモをしておこうと思う。


「浮き太鼓」
祭りの中心は「浮き太鼓」。勝山市街地の12地区に櫓が建ち(多分櫓がない地区もあるとは思うが)、三味線、笛、鉦による軽快なお囃子に合わせて太鼓を打つのだが、この太鼓が主役だ。太鼓は横置きして、ベースのリズムを刻む人、ミュートのために座っている人、そして、身体を左右に揺らし、足を上げ、時にはおどけた表情を見せながら打つ人の3人が携わっている。その打ち手を、勝山では「浮人(うきと)」と呼ぶ。

同じお囃子でも、浮人によって身振りや表情、太鼓の打ち方が少しずつ違う。お気に入りの浮人を見つけるのが楽しいのだが、まずは、「一番太鼓」をみに、上後の櫓から鑑賞をスタートしたのだった。




御神体
御神体は、正確には歳徳神を迎えるための松飾り。歳徳神は、その年の福徳や五穀豊穣を司る神で、「正月様」とも呼ばれる。中央には4メートルほどの松または杉の生木を立て、その周囲を4本の松や竹で四角錐に組み、頂上に御幣を取り付ける。

御幣には、日の丸の扇子、紅白の和紙、水引などが使われ、中央三か所の白扇には「歳徳神」と書かれた札が飾られている。左右に下がる三角形の「火打ち袋」は、どんど焼きの前に外され、区長とその年の当番が魔除けとして翌年まで門口や玄関に飾るという。

祭りの最終日には各地区の御神体が弁天緑地へ運ばれ、どんど焼きで焚き上げられる。この辺りでは、左義長の終わりまで正月飾りを飾っておくというのが面白い。

絵行燈
絵行燈は江戸時代に始まったとされており、藩主が祭りを無礼講とし、庶民が普段は口にしにくい気持ちを川柳や狂歌に託すことを認めたのが始まりだという。このお祭りの期間は、町内の辻や櫓の周りに、絵と言葉を組み合わせた行燈で埋め尽くされる。




題材は、世相風刺から行政、観光、世界の話題、干支、駄洒落まで幅広いのだが、やっぱり風刺系が面白いよね。結構パンチの効いた絵行燈を見つけると、気持ちも盛り上がるし、楽しいよね。本当、タイムリーな話題ばかりなのがまたいいい。例えばほら、あの高市首相と韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領によるドラムセッションなんて、このお祭りの始まる1ヶ月前の出来事だったんだから。


作り物
作り物は、その年の干支や縁起物などを題材に、日常生活で使う道具を組み合わせて作られる。材料になるのは、臼、杵、ざる、籠、盆、枡、扇子、徳利、重箱、大工道具、農作業具など。今ではあまり見かけなくなった古道具も使われる。





作品のそばには、「書き流し」と呼ばれる短歌も添えられる。一枚には作品の意味や理由、もう一枚には、使った材料と完成した作り物にかけた洒落が書かれる。作品を見るだけでなく、「何を使って作ったのか」「どんな言葉遊びが隠れているのか」を読み解くところまでがセットになっている。自分も審査員になったつもりで、まちの作り物を批評したりして、これまたお祭りのいいアクセントだと思う。

浮人カードガチャ
2026年、上郡区の櫓で新しく始まったのが「勝山左義長まつり 浮人カードガチャ」だった。福井のテレビでも新聞でも盛んに取り上げていたのだが、これは、櫓の上で太鼓を打つ浮人を、トレーディングカードのような形で紹介するものだ。ガチャは1回200円。私は、上長渕のかほさんを当てた。保存会メンバーで、「時のおと」という映画に出演されたことを宣伝されていた方。見かけたけれども、流石に「サインください」とは言えずw でも私の友人は、トレーディングカードの人を見つけてちゃんと写真を撮っていた。




これは、私みたいに延々と櫓を見て推しの浮人を探している私にはぴったりの催しだったと言える。

屋台色々
私が絶対にいくのは、弁天会という蕎麦打ちの団体がやっているお蕎麦屋さん。あとは、竹筒に入った日本酒、そして鮎は食べちゃうかな。やっぱり。街中に行くプロの屋台もいいけれど、各櫓の近くで、地区ごとに運営している屋台も、家族的で微笑ましい。







本当は、一本義久保本店による酒蔵祭りを期待しているのだが、コロナを境に祭りをやめてしまったのだ。本当に残念なのだが、いつか復活してくれることを願っている。

どんど焼き
日曜日の夕方になると、各地区の「御神体」が弁天緑地へ運び込まれる。神明神社で採火された御神火は、各地区の松明によって会場へ運ばれ、2026年は午後8時の狼煙を合図に一斉に点火される。




燃やされるのは、各地区の御神体や、町の人たちが持ち寄ったしめ縄、書き初め、お札などの正月飾り。炎とともに神様を送り、五穀豊穣と鎮火を祈る。左義長がもともと小正月の火祭りであることを物語る。

この火は風が強かったので、火の勢いもすごくて、どんど焼きの風景はスリリングであった。今年も好きなお祭りでいてくれて、よかった。

三国節の歌詞の世界を歩く、その2。冬の三国、三国湊@福井県

終点「三国港」まで行く計画だったが、一つ手前の三国で降りて、旅を始めることにした。




高見順という作家の生誕地であるということも、街中の碑によって初めて知る。日本近代文学館の設立にも尽力し、初代理事長を務めた人だったようだが、 当時の福井県知事だった阪本釤之助と三国出身の母親との間に生まれた婚外子だったとかで、三国で暮らしたわけではないようだが。




まずは、腹ごしらえ...というわけで、創業100年を超える老舗そば屋の「盛安」へ。越前といえば「おろしそば」だが、ここのは、辛み大根の搾り汁だけを使うというのが特徴らしい。細めに切ったごぼうのかき揚げが載っていて見栄えが上品。観光客だけでなく地元の方にも愛されているお店だということがわかった。というわけで、訪問した場所をかいつまんで記載しておく。

旧岸名家・三国湊町家館
三国は、北前船の寄港地として栄えた町である。
寄港地には、人や情報、文化、そして大きな富が町にもたらされた。廻船問屋や商人たちが行き交い、その繁栄とともに花街も発展していった。




というわけで、北前船交易で栄えた三国湊で、代々材木商を営んでいた岸名惣助の店舗兼住居、旧岸名家に行ってみた。建物は、切妻造りの主体部の前に平入りの表屋を付けた「かぐら建て」と呼ばれる、三国に特有の町家建築だそう。




中には商いに使われた帳場や座敷、台所、大八車が通った石畳の通路などが残されていた。いやぁ、これはお金持ちの家だわ。その後、「マチノクラ」という施設で、北前船がもたらした繁栄と遊郭/花街の発展を映像で確認してきた。

実は、同じ通りに「江戸小唄 竹よし」という文化体験施設があった。抹茶をいただきながら江戸小唄や三味線の生演奏を楽しんだり、三味線を体験したりするのもいいかと思ったのだけれども、聞きたいのは江戸小唄じゃなく三國節だよなぁ...ということで、今回はいくのはやめた。また次回、時間があるときにしよう。




旧森田銀行本店
格子戸の町家が並ぶ三国の町で、いきなり見えてくる白い西洋風の建物。旧岸名家から歩いてすぐのところにあるのが、この、旧森田銀行本店だ。
森田家はもともと北前船の海運業を営み、大きな財を築いた豪商だった。しかし、明治に入って鉄道などの新しい輸送手段が発達すると、海運業から金融業へと転換。森田銀行を創業し、1920年に本店としてこの建物を完成させたそう。




館内に入ると、高い天井や漆喰の装飾、重厚なカウンターがある。私が気に入ったのは、書棚。内部には素敵な柄の布が、取っ手は七宝焼、棚の木の目の模様まで素敵すぎる。

三国節にこんな歌詞があったけれど...大袈裟でなく本当にお金が舞っていたのではないかしら。
金が降る降る 三国の出村 船が出るたび 入るたび

出村・魚志楼・思案橋・永正寺・見返り橋——花街に縁のある場所を散歩

北前船によって人と富が集まった三国湊には、当然のように大きな花街も生まれた。そしてこれこそが、私が三国を訪れたいと願っていた理由でもある。

三国の遊女町は、もともと松ヶ下にあったが、湊の発展にともなって西へ移り、上新町、さらにその先の滝谷出村へと広がっていったらしい。上新町は福井藩領、滝谷出村は丸岡藩領の遊郭...ってここには藩境まであったのか。

『福井県史』によれば、寛政元年(1789年)の上新町には、遊女を抱える置屋が22軒あり、100人の遊女がいたという。街中の看板では、遊女の数は2藩合わせ200とも。昔の花町番付によれば、三国が品川の次、四ツ谷新宿の前に載っているという。少なくとも、三国の花街が全国に知られる存在だったことはうかがえる。




さて、三国では、格式と教養を備えた遊女を「小女郎」と呼んだという。ただ客の相手をするだけではなく、三味線や唄はもちろん、茶の湯、琴、香、花、書、俳諧などの芸を身につけた女性もいた。三国節にも、こんなのあったよね。

三国小女郎の その昔より 真情づくなら 負けはせぬ




そのなかでも、芸と教養によって名を残したのが、出村の遊女・泊瀬川である。本名を「ぎん」といい、永正寺の住職・永言から俳諧と書を学び、「哥川(かせん)」と号した。加賀千代女をはじめとする各地の俳人とも交流したという。単に花街の名妓というだけでなく、一人の文化人であったといってよいだろう。もちろん三国節にも出てくる。

三国三国と 通うのは粋じゃ 哥川小女郎の 名が薫る

その哥川が俳諧と書を学んだという永正寺にも立ち寄った。寺ではかつて文人たちを招き、九頭竜川の河口を眺めながら句会が開かれたという。風流なことだ。

そんな花街のあった滝谷出村へ向かう入口に架かっているのが、「思案橋」である。




橋の下を流れる辰巳川は、福井藩の三国湊と、丸岡藩の滝谷出村との境だった。男たちはここまで来て、橋を渡って遊郭へ行こうか、それとも引き返そうかと思案した——というのが橋の名の由来だという。

往こうかもどろか 恋路の闇に 心迷うた 思案橋

実際に行ってみると、なんとも地味な橋。吉原の柳みたいなものか。


思案橋を渡り、かつての出村を歩くと、「魚志楼」が現れる。明治期に開業した料理茶屋で、建物はかつて芸妓の置屋としても使われていたという。細い格子、連なる座敷、往時にはこのあたりを三味線や唄の音が行き交っていたのだろう。




出村の遊女、泊瀬川こと哥川が俳諧と書を学んだ永正寺にも立ち寄った。

その先にあるのが「見返り橋」だ。
遊郭へ入る前に足を止めたのが思案橋なら、こちらは遊郭をあとにした男が、名残惜しさに振り返ったという由来の橋だ。

今はこのエリアは住宅街で、遊郭の面影はほぼない。由来のある橋の名前のみがそのことを彷彿とさせる。ここに住む人は遊郭に思いを馳せたりするのかな。それとも、もうそれは過去の話なので、見返ることもないのかな。

私の旅もここで終わり。どうしても温泉に行きたかったので、三国港から「あわら温泉」に行き、温泉を楽しんだ。

宿泊は三国温泉にて。この時期にだけ食べることができるという「水かに」を堪能して、旅を終わらせたのであった。




5月には、北陸三大祭でもある三国祭が開催される。ここで三国節が聞けるだろうし、当時の栄華も感じられると思うので、いつか行ってみたいなぁ。
mikunimatsuri.com

三国節の歌詞の世界を歩く、その1。冬の三国、三国湊@福井県

今年2月、福井県坂井市の三国を旅した。
福井県の観光地といえば、東尋坊や海の幸(とくにカニ!)も魅力的な土地だけれど、今回、私が三国を訪れようと思った理由は別にあった。

私は2年に一回、勝山左義長祭りに行くのだが、その際に、えちぜん鉄道の勝山永平寺線(旧:越前本線)に乗って終点の勝山までいっている。福井駅から出ているもう一つの路線「三国芦原線」に乗ってみたいと思ったのだ。こちらはWikiから引っ張ってきた路線図。終点を見ると「三国港」と書いてある。

この「三国」という場所にも、興味があった。北前船の寄港地としても知られており、非常に栄えていたと聞くが、栄える港町には花街も発展することは容易に理解できるだろう。

私は以前から、民謡はもちろん、遊郭や花街の歴史に関心がある。こちらのイベントに参加したことで、まずます民謡と花街に対する興味が高まっていた。
asquita.hatenablog.jp

福井県坂井市三国港発祥の福井県民謡「三国節」は、三国神社建立(1761年)の際に歌われた地堅めの作業歌がルーツとされており、三国祭など地元の祭りで盆踊り歌としても親しまれている。100くらい歌詞があるというこの歌の中には、かつて花街として栄えた土地の名前も登場するのだ。
www2.nhk.or.jp

「三國節三十六景」という本から、花街である三國を直接歌った歌詞をちょっと拾っただけでも、こんなにたくさんある!



🎵酒は酒屋で 濃茶は茶屋で 三国小女郎は 松ヶ下

🎵新兵衛二人に 小女郎は一人 どうせ一人は 波の上

🎵義理と誠で 二人を立てりゃ あいの小女郎の 身が立たぬ

🎵義理に迫りし三国の小女郎 涙流した思案橋

🎵西も東も みな見に来たか 三国滝谷(たきだに) 糸桜

🎵三国出村の 女郎の髪は 船頭さんには錨綱

🎵三国小女郎のその昔より 真情づくなら まけはせぬ

🎵船は出ていく 帆かけて走る 女郎泉浜へ出て 袖しぼる

🎵金が降る降る 三國の出村 船が出るたび はいるたび

🎵義理と誠に 二人を立てりゃn合いで小女郎の 身がもたぬ

🎵三国通いを 知らない人は 世にも憐れな 金の番

🎵三国三国と 通うのは粋じゃ 帯の幅ほど ある町を

🎵三国三国と 通う奴ぁ馬鹿よ 帯の幅ほど ある町を

🎵三国湊 船乗り入れな 積荷、出村で 空になる

🎵三国三国と 通うのは粋じゃ 哥川(かせん)小女郎の 名が薫る

🎵三国小女郎の その昔より 真情(まこと)づくなら 負けはせぬ

🎵江戸の吉原 三国の小女郎 初にむかえて できた遊郭

🎵出村思案橋 戻ろか行こか 何の思案橋 行くがよい

🎵往こうかもどろか 恋路の闇に 心迷うた 思案橋

🎵唄は上八町 情けの出村 わずかに隔てて 地蔵坂

🎵行こうか岩崎 戻ろか請地 ここが思案の 境橋

色恋✖️港町、みたいな掛け合わせの歌詞はもっとたくさんある。

www.youtube.com

というわけで、次のポストで、私の三國旅の記録をご覧いただこうと思います。

Shiro Sagisu With Somethin' Special「Kuroi Yuki(黒い雪)」

先日、私のTikTokにこのこの曲が出てきて、惚れてしまった。
www.youtube.com

ちなみに英語で見かけたので、「黒井ユキ」という女性が歌っているのかとばかり...(笑)。あるいは、2021年にアルバム『LENS』でメジャーデビューしたバンドKroiかなぁ、なんて思ったり。で、よくよく調べてこの人のことを知ったのだ。鷺巣詩郎氏。

プロフィール
鷺巣詩郎(さぎす・しろう)は、1957年東京都世田谷区生まれの作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。暁星高等学校、國學院大學卒、1970年代後半に音楽活動を始め、21歳前後で鷺巣詩郎 with SOMETHIN’ SPECIAL名義のアルバム『EYES』を発表した。

1980年代には、松本伊代、小泉今日子、河合奈保子、西城秀樹など、数多くの歌手の楽曲を作曲・編曲。小泉今日子の「なんてったってアイドル」の編曲でも知られている。その後はMISIAなどの楽曲制作にも携わり、ポップス、ジャズ、ソウル、R&B、ゴスペル、クラシックを横断する音楽性を築いてきた。

映像音楽では『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズをはじめ、『きまぐれオレンジ☆ロード』『BLEACH』『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』などを担当。特に庵野秀明監督との長年にわたる共同制作で広く知られている。

...とこれがプロフィールなのだが、父親が漫画家のうしおそうじ、叔父はアニメ制作会社エイケンのプロデューサーの鷺巣政というあたりも、アニメの世界と近い理由なのかも。もしかしてアニメに詳しい人ならエヴァの音楽担当、ということで有名な人なのかもしれない。私がいいと思った曲は、21歳前後で作った曲なのか...すごいな。海外のシティポップブーム、あるいはアニメブームに乗って、50年くらいの時を経てこうやって世界に広がっていくわけだから。

彼の作曲による2つを合わせてオーケストラアレンジをした動画を発見した。「Cruel Dilemme」は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、「Des Cordes」は『彼氏彼女の事情』の曲らしい。
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コメント欄は英語とスペイン語、韓国語で溢れている。鷺巣詩郎氏の世界的な評価がよくわかりました。

とにかく気になる韓国ラッパーメモ

ラップやヒップホップシーンを追いかけているわけではないのだが、K-POPに関して言えば、たまに気になるラッパーが出てくる。今日は、ちょっと溜まってきた「気になるラッパーたち」をメモで残しておこう。

韓国のラップを意識するようになったきっかけをたどると、SBSの音楽番組『Fantastic Duo 2』に出ていた一般参加者、通称「Hot Chicken Girl」かな。
本名はチェ・ウンヘというらしいが、要は番組に参加した「歌のうまい一般人」。彼女がJinuseanと一緒に歌っている映像が好きで、何度も見ていた。その中でも特に好きだったのが、「Oppa Car(오빠차)」だった。(彼女は「Onni Car(언니차)」と替え歌しているのだが。
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この音源が欲しくて検索したところ、行き着いたのがIncredivle (인크레더블)だった。2015年のラップサバイバル番組『SHOW ME THE MONEY 4』から生まれた曲らしいが、すぐにダウンロードして聴いたものだ。正直なんのポリシーもないけれど、以下に好きなラッパーを羅列してみたい。


イ・ヨンジ(Lee Youngji/이영지)
2002年生まれ。2019年、まだ高校生だった頃に『高等ラッパー3』で優勝し、さらに2022年には、すでに有名だったにもかかわらず、韓国を代表するラップ・サバイバル番組『SHOW ME THE MONEY 11』に出場して優勝。『SHOW ME THE MONEY』では初の女性チャンピオンになった。

私がヨンジを大好きになったきっかけは、SEVENTEENのスングァン승관と歌ったLizzoの「Juice」のカバーだった。もう、何度聞いたかわからない。
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ま、元の歌もいいのだけれど、力強さの表現が素晴らしい。本家にも負けてないのではないか。
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そこから今度は、ヨンジ本人のYouTube番組『차린건 쥐뿔도 없지만(つまらないものですが)』を見るようになった。アイドルやアーティストをゲストに呼んで、お酒を飲みながら話す番組。ゲストのいい面を引き出しつつ、自分も酒に飲まれることもあったり、急にダンスチャレンジをやったり、ゲストの話に釣られて泣いたりして...感情が豊かな人だということがよくわかる。

ここから、さらに惚れ直したのが『SHOW ME THE MONEY 11』。ヨンジはすでに『高等ラッパー3』の優勝者で、テレビにもたくさん出ていて、十分に有名だったのに、もう一度ラップのコンテストに出た。それでももう一度挑戦して、最後には本当に優勝してしまった。いやぁ、たまらなく格好いい。


その番組で生まれた曲が、pH-1をフィーチャーした「NOT SORRY」。
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「周囲からどう見られるか、何を言われるかに振り回されず、自分のやり方で進む」「人からどう見られても、自分の選択を必要以上に謝らない=I am not sorry」
こんなに成功している人なのに、あるいは「謝らない」とも取られかねないタイトルなのに、実際には悩んで苦しんで...という葛藤が見えて、今でもこの曲を聴くと自動的に涙が出てきてしまうくらい好き。

まあそんな感じで泣かせると思いきや、SEVENTEENのスングァン、ドギョム、ホシによるユニットBSS(ブソクスン)の「Fighting」ではラップパートでフィーチャーされて最高に格好良く、かつ元気をくれるラップをくれる。
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そして2024年「Small girl (feat. D.O.)」。これは、「身長でかい族」の一人としてかなり刺さった。
ヨンジ自身も、この曲について、自分のコンプレックスから生まれたと話している。「小さくてかわいい女の子」への憧れと、自分はそうではないという気持ち。
背が高い人なら、なんとなくわかるのではないだろうか。「スタイルがいいですね」「格好いいですね」と言われることはあっても、「小さくてかわいい女の子」というアジア的価値観には最初から入れてもらえない感じ。
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ヨンジ自身もこの曲を、自分に自信を持てない人のための曲として大切にしていると語っている。ここに共感している人がいますよ!

今年かな、星野源のアルバム『Gen』に収録された「2 (feat. Lee Youngji)」で、ヨンジ自身も作詞・作曲に参加している。日本でももっともっと人気になるかな。
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やばい、この人について語りすぎてしまった。いつかライブに行ってみたいな。


pH-1
本名はPark Jun-won、英語名はHarry Park。韓国生まれで、子どもの頃にアメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドへ移住した韓国系アメリカ人のラッパーだ。大学では生物学を学び、会社員などを経験した後に韓国へ移り、現在はH1GHR MUSICに所属。2018年の『SHOW ME THE MONEY 777』出演でも広く知られるようになった。日本では、2026年には4月に大阪で公演があったみたい。

Not Sorry以外にも、FLAT COKEでヨンジと共演している。
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2026年8月にも新曲「STUCK!」を出しているのだが、Ph-1の乾いた感じの声と、メロディラインのセンスが好きで、推せるなぁという気持ち。
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Luci Gang(루시갱)
韓国のラッパー/プロデューサーで、2020年にEP『Luci vs Gang』でデビュー。2024年には60人のラッパーが競ったサバイバル番組『RAP:PUBLIC』にも出演した。2026年7月には13曲入りの3rdアルバム『Rolling Stone』**をリリース。トラップだけでなく、ハウスやニュージャックスウィングなども取り込んでいる。

この、Headlockっていう曲が急に私のTikTokに流れてくるようになった。これに謎の中毒性を感じて、今色々と聞いてみている最中だ。
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このライブ映像をよく愛でている。
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9月23日には京都・WORLD KYOTOの「GOOD DAY KYOTO」に出演予定。さらに11月8日には東京・渋谷の「BiKN shibuya 2026」にも出演が発表されている。ちょっと行きたいな。

Balming Tiger
ラッパーじゃないよ、と言われるかもしれないが、Balming Tigerも好き。
2018年前後から活動する韓国のオルタナティブK-popコレクティブで、ラッパーのOmega Sapien、Mudd the studentをはじめ、シンガー、プロデューサー、映像ディレクター、クリエイティブディレクターなど、いろいろな役割の人が集まっている。彼らは映像を含めた世界観が楽しくて、いつも注目している。

『January Never Dies』に入っている曲「Buriburi」をきっかけに聴くようになった。
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PVも面白いのだが、生音でBuriburiのパフォーマンス映像を見た時は感動したなぁ。
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2025年には奈緒と松田龍平主演のNHKドラマ『東京サラダボウル』のメインテーマとして「Wash Away」が採用されていたので、もう知名度はだいぶ高いのかな。新しい学校のリーダーズと「Narani Narani」でもコラボしていたし。
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新しい学校のリーダーズも自分たちでプロデュースしているらしいので、Bulming Tigerと親和性が高いのかもなぁ。

それにしても、なんで韓国ってこんなにラップやヒップホップが盛んなのか。

AIの答えはこちら。

韓国ではヒップホップがアンダーグラウンドの音楽のままではなく、かなり早い段階から大衆音楽の中に入ってきた。
1990年代にはソ・テジワアイドゥルがラップやヒップホップの要素を取り入れ、その後のK-POPにもラップ文化が自然に組み込まれていった。

さらに大きかったのが『SHOW ME THE MONEY』。この番組によって、ラッパーが一部のファンだけの存在ではなく、普通にテレビで見かけるスターになった。
しかも韓国には『高等ラッパー』という高校生向けのラップ番組まである。イ・ヨンジが出てきた番組だ。

よく考えれば、普通のK-POPアイドルグループの中にもラップ担当がいるのが当たり前なので、一般の人が日常的にラップを耳にする環境もできている。韓国の若者が置かれている競争の強さや、上下関係、社会的なプレッシャーと、ヒップホップの「自分のことは自分の言葉で言う」という文化も、相性がよかったのかもしれない。

韓国ヒップホップの面白さは、たぶんこの層の厚さに加え、競争社会とそこで培われてきた国民性か? 引き続き、色々とチェックしていこうと思う。