ブラジル・サンパウロ州にあるサトウキビと砂糖産業で発展した街、Piracicaba(ピラシカバ)という地方都市がある。この町の、かつて製糖工場だった場所を再利用したホール、Engenho Centralにて2013年から開催されているマヌーシュ・ジャズのフェスがあることはこのブログで何度も紹介している。発案した人はJosé Fernando Seifarth de Freitas。本職は裁判官ですが、ジプシージャズを愛するミュージシャンでもある。第1回の翌年、2014年にはすでに英国やイタリアから海外ミュージシャンを招聘し、今に至るとか。
このフェスのドキュメンタリーを見つけた。実は2023年にもドキュメンタリーという名前の映像があったことを考えると、主催者は、どうやら毎年のフェスの様子をドキュメンタリーに仕立てるのが好きなのかしら。
せっかくのなのでAIを使ってこの動画をざっくりつかんでみることにした。フェスの歴史だけでなく、そこに集まったミュージシャンたちの話もかなり紹介されているので、そこだけにフォーカスしてみようと思う。
まず登場するのが、発案者であるJosé FernandoとSNSを通じて知り合ったミュージシャン。InstagramでJoséからオンライン・コラボレーションの誘いを受け、その後、Joséが家族と東アジアを旅行した際に東京で初めて会ったという。本人によれば、そのときから「家族のように感じた」とのこと。その後、今度はJoséからPiracicabaのフェスに招かれ、今回ブラジルまでやってきた、という。
マヌーシュ・ジャズ界ではお馴染みのギタリスト、ロビン・ノラン(Robin Nolan)の話も出てくる。Nolanのオフィシャルサイトには、彼がベトナム避難病院生まれであることしか書かれていないが、wikiを見てみると、(その記載を信じるならば)両親はベトナム戦争中、米陸軍の慰問活動に携わっており、彼自身はベトナムの避難病院で生まれてから、幼少期を香港で過ごし、6歳の頃から、リヴァプール出身の父親にギターを教わったらしい。
Nolanは、1990年代にあのGeorge Harrisonと知り合い、Harrisonの自宅に招かれて演奏するようになったという。そこにはPaul McCartney、Ringo Starr、Eric Clapton、Tom Pettyらもいたそうだ。豪華!
Harrisonが2001年に亡くなった後も家族との交流は続き、近年はHarrisonの家族の許可を得て、GeorgeがBeatles時代に使っていたギターを実際に借り、彼の楽曲をジプシージャズにアレンジしたアルバムを録音した。ドキュメンタリーでは、そのギターを使ってHarrisonの家で彼の曲を演奏したことを「spiritual experienceだった」と振り返っている。うわ、このアルバムのこと、知らなかったぞ。チェックしてみよう。
www.youtube.com
もう一人、Pat Zakarianというアルメニア系でクウェート育ちのピアニストも登場する。ジャンゴの音楽に魅了されて、多くのジプシージャズの名曲をピアノアレンジしているらしい。
彼女の祖先は第一次世界大戦の頃、オスマン帝国から逃れ、シリア、レバノン、イラクなどを経てクウェートに移住したという。父親も本人もクウェート生まれだが、クウェート国籍ではない。アルメニア人ではあるがアルメニア出身ではない。クウェートは故郷だがクウェート国民でもない。「どこにでも属しているようであり、でもどこにも属していない」。だから、それを前向きに捉えて「world citizen」だと思うようにしている、と動画で語っている。
彼女は、ブラジル音楽の世界での影響がいかに大きいかについても話しているが、その好きな日本人歌手として、小野リサの名前が出てきたのにはしびれるなーあの魅力はやはりグローバルに通用するんだ。
それはともかく、6分45秒あたりから突然、日本人らしき男性が英語でインタビューに応じている。
「1年ほど前、Joséが僕たちのリーダーruriをブラジルに招待した。でも彼女は、一人ではなくバンドとしてブラジルに来たいと言った。それで僕たちはクラウドファンディングをして、ブラジルまで来た」
さらに、自分たちは東京でもジプシージャズのフェスティバルを開催している、と話している。MASH弦楽団だった。日本のジプシージャズフェス「Festival Django Reinhardt Japan」の主催もしているらしい。まさか、Piracicabaに日本のバンドが登場していたとは。
mashdjango.com
彼らがやったクラウドファンディングの痕跡は、CAMPFIREにちゃんと残っていた。
camp-fire.jp
動画でも語られているように、ruriさんは、日本のジプシージャズシーンや自分たちの活動を伝えるなら、一人で行くのではなくMASH弦楽団として出演したいと考えて、発案者のJosé Fernandoに相談。ruriさん一人に用意されていた航空券代やギャラなどの予算を、メンバーの宿泊費・滞在費に振り替えることで、バンドとして招待してもらえることになったが、航空券代が足りずクラファンをやってみたらしい。結果、目標140万円に対して、集まったのは148万2,500円。支援者112人、達成率105%。
2026年6月20日、高輪ゲートウェイシティで開催されたイベント「Festival Django Reinhardt JAPAN」に、Japan Brazil Gypsy Jazz Connectionというユニットが出演している。
José Fernando Seifarth(Gt)
ヤマモトダイキ(Gt)
Honami Kikawa(Perc)
Ruri(Vn)
阿部恭平(Cb)
メンバーを見ると、おお、Piracicabaのフェスを立ち上げた、あのJosé Fernandoが出ているではないか。日本に来ていたんだ!
「ブラジルのギタリストJoséと、日本人ミュージシャンたちの交流から生まれたスペシャルプロジェクト」と紹介されている。2025年にPiracicabaに招かれたruriさん+MASH弦楽団は、2026年にイベントを立ち上げてJoséを東京に招いたのか。こうやってどんどんミュージシャンのコミュニティが繋がって違いの国で広まっていけばいいな、と思う。
Festival Django Reinhardt JAPANに出演したMASH弦楽団の演奏はこちらからどうぞ。
www.youtube.com
ちなみに、第12回 Festival de Jazz Manouche de Piracicabaは、2026年8月6日から9日までの4日間、Engenho Centralで開催されていた。

今年はブラジルに加えて、アルゼンチン、カナダ、コロンビア、フランス、オランダ、ポルトガル、ルーマニア、台湾などからミュージシャンが参加。有名なところでは、オランダのヴァイオリニストTim Kliphuis、フランスのギタリストSébastien Giniaux、台湾系カナダ人ギタリストDenis Changあたりか。気になるところでは、本フェスティバルの常連、ブエノスアイレスを拠点とするマヌーシュ・ジャズのグループDjango Sessions。ドキュメンタリーにも、リーダーでありギタリストのRoque Monsalveが登場していた。台湾のグループTaiprioca 4は、ブラジルの伝統音楽ショーロの編成をベースに、台湾の伝統楽器である柳琴を取り入れている音楽が特徴らしい。これも気になるところだ。基本的に入場無料なのもいい。
地元のジャーナリストが、ドキュメンタリーの中でこのフェスの特徴を「家族のようだ」と表現していた。Webサイトのトップページにも書かれている「A Capital do Jazz Manouche e aqui. (マヌーシュ・ジャズの都、ここにあり)」というメッセージも心地よい。 世界各地の同じ音楽が好きな人たちが年に一度集まるフェスティバル、一度家族になる気持ちで行ってみたいなぁ。



















