日の名残り(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)


かつてのダーリントン卿の家だったダーリントンハウス。ここに長い間勤務してきた執事スティーブンスが、新たな住人で雇い主となったアメリカ人ファラディの勧めにより、数日のお休みをとることに。そこで、かつての同僚で優秀な女中頭だったミス・ケントンに、ハウスに戻ってもらうようお願いすべく、彼女の住む場所に向かうスティーブンス。物語は、この旅とダーリントン卿時代の回顧シーンを軸に、執事職と執事の心意気とは何か、ジェントルマンシップとは何か、アマチュアとはどうあるべきか、名士ダーリントン卿はどのような人物だったのかなどが語られる。

静かな静かな、静かすぎる筆致なのだけれども、自分の希望や意思を殺してまで執事職をまっとうしてきた男の、悲哀に満ちている。そう、仕事を重んずるあまり、やはり執事だった父親の死に目にも立ち会えず、目の前ではじまった恋も認めることができないまま、年を重ねてきてしまった。後悔しても戻れない過去の出来事を、懸命に納得させようとする。時に言い訳を交えながら。決して直接的ではないが、いいたいことがじんわり伝わる、そんな本だ。