R.I.P. Mito Loeffler! ミト・ロフラーが逝去

11月6日にMito Loefflerが亡くなったということを、愛読しているWebサイト Django Stationで知った。私が知っているLoeffler姓の人は、アコーディオンのMarcel Loefflerか、ギターのYorgui Loefflerだ。Marcelはリーダーアルバムを持っているし、Yorguiは、Latchesというグループにも参加していてこれを愛聴しているが、両方ともMitoが参加している形跡はない。
Mito Loefflerは何者なのか、ちょっと調べてみることにした。djangostationは、いわゆるObituaryコラムになっている。「残念ながらそこまで売れなかった」ようなことも書いてあるが、サモワのフェスでは常連だったことがうかがえる。彼のお人柄を讃えることはもちろん、「マヌーシュ・ジャズ・ギタリストを褒める際は、こういう表現をするんだなぁ」という情報が満載で感心する。ちなみに、狂ったような激しいリズムのことを"endiablée"というらしく、この記事の筆者はMitoのune jam endiabléeが忘れられないとか。
[Django Station] - In memoriam / Mito Loeffler (1961-2011)
次にチェックしたのは、オフィシャルサイト。
MITO LOEFFLER Official Website
すでにR.I.P.バージョンになっているが、1961年生まれで、お亡くなりになったのはキャラバンであることが書かれている。そして、ジャズ・マヌーシュ界がいかに悲嘆に暮れているかも。情報量はないが、Myspaceに飛ばされるので、彼のやってきた音楽がわかるのはこのサイトだ。
最後に、アルザス地方の地元媒体L'AlsaceのWebサイトをチェックしてみたら、奥様にインタビューをして書いた、内容の濃い記事が掲載されていた。
Mito Loefflerは、オ=ラン県ツィリスハイムZillisheimというところ(ミュルースの近く?)で育って、街のはずれにあるツィガーヌコミュニティのキャラバンでずっと暮らしていたそうだ。お父様はバイオリニストというなか10歳でギターを覚え、14歳の時に隣県に暮らす9歳のビレリ・ラグレーンのギターテクを知り、ギタリストになる決意をしたとか。当初は近くにあるミュルースにて演奏をしていたが、後半は海外講演もするようになった。
気になるMarcelやYorguiとは、血縁はあるようだが、彼らの出身は隣県バ=ラン県アグノーHaguenauというところであり、日常的にやりとりがあった、というわけはなさそう。Mitoは、兄弟のギタリストDornoと共演したり、最近では息子である26歳のFleco、そして23歳のZaïtiと活動をしていたという。アルバムも作成中で、すでに数曲のレコーディングを済ませていたとか。アルバムは、息子たちが完成に導いてくれるでしょう。50歳での心不全での急逝。本当、突然の出来事だったのだろう。
L'Alsaceがかの記事を掲載したURLには、ある言葉が仕込まれている。mito-loeffler-poete-de-la-guitare-manouche、「ミト・ロフラー・マヌーシュ・ギター・の・詩人」ですって。
http://www.lalsace.fr/actualite/2011/11/07/mito-loeffler-poete-de-la-guitare-manouche
Mitoさん、愛されていたんですね。ご冥福を祈ります。