- 作者: 宮下奈都
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2018/02/09
- メディア: 文庫
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主人公は山育ちの新米調律師、外村。高校生の時に、ひょんなことから体育館でピアノを調律する板鳥に出会って心をゆすぶられてから、故郷を離れて専門学校を卒業し、地元で調律師になった。しかし、決して順風満帆ではない。一生懸命やっているのだが、お客さんにあからさまに嫌われて先輩を指名されたり、「これがベストの音なのか」と問われて咄嗟にこたえられなかったり。これも、外村が普段から抱いてきた劣等感によるものなのだろうが。「自分は調律師に向いていないのでは」「才能がないのでは」などと思い悩む。
それでも、面倒見のいい先輩の柳や、かつてはピアニストを目指していた、無愛想だけどこだわりのある先輩、秋野、そして、ピアニストになりたいと願う双子の姉妹、和音と由仁の家での調律を通じて、自分のやりたい方向性を見出し、自信をつけていく。ある調律師の成長物語という感じなのだが、その描写がすごく繊細で素敵だ。
本の中に、原民喜という人があこがれた文体の話が出てくる。
「明るく静かに澄んで懐しい文体、少しは甘えてゐるやうでありながら、きびしく深いものを湛へてゐる文体、夢のやうに美しいが現実のやうにたしかな文体……私はこんな文体に憧れてゐる」
原民喜 沙漠の花
そして、柳もこの文体のような音を目指してと調律をしている、と語るのだ。調律をする人はこんなにいろいろなことを考えて調律しているのか…。この本を読んでいたら、調律中の調律師を別の観点で見ることができたかもしれないな…。
タイトルの羊はピアノの音を出すハンマーのフェルト素材から、鋼は弦をあらわしている。そして、森は主人公の生まれ故郷であり、ピアノの色々な場所で使われている木の表現かもしれない。例によって映画化されるようだが、私は本で楽しみすぎてしまったので、当分は本の世界に浸るだけになりそう。静謐な世界を自分だけでもう少し楽しみたい、そんな感じだ。