吉原手引草

吉原手引草 (幻冬舎文庫)

吉原手引草 (幻冬舎文庫)

時代小説を読もうとすると、たいていノリ切れずに途中離脱してしまうことが多い。読みつけていないので、出てくる単語や登場人物の口調の書きっぷりに躊躇してしまうのだ。本書も、見慣れない単語のオンパレードに、たぶん読み終えられないだろうと踏んでいた。ところがどっこい、おもしろすぎて、寝る間も惜しんで読破してしまった。

本書はすべて、吉原で起こった「ある事件」について、そこで働く16名が、自称絵双紙書きである聞き手の聴き込み調査に対応する形で語っている。事件の核の部分は最後まで決して明らかにはされず、その事件の首謀者だった花魁葛城の人柄がわかるようなエピソードの数々が点で語られ、それが最後に線となるような展開である。だから、最後の最後までナゾが解けず、読み進んでいけたのだと思う。

特徴的なのは、吉原の内部構造や仕事内容、年中行事などといった基礎情報も、すべてこの16人の語りで自然な形で説明されていること。吉原で働く人や江戸っ子気質を示すのに重要なキーワードは、しつこすぎない程度に繰り返し出てくるから、しっかりと頭に刻み込まれる。

吉原の様子をこれだけリアルに、しかもテンポよく表現できたのは、松井今朝子氏の、歌舞伎評論やら歌舞伎企画・制作のバックグラウンドに拠るところが大きいと思う。プロフィールをみて合点がいった。キャリアが小説に明らかな好影響を与えている良い例だ。