2010年、アメリカ、デブラ・グラニック監督、Winter's Bone
主人公のリー・ドリーは、病気の母親、弟ソニー、それに妹のアシュリーと山奥で暮らしている。父親のジェサップは行方がわからず、母親も頼りにならないため、リーは17歳にして家族を支えている。
ある日、家に保安官がやってきた。いわく、父親が仮保釈の間に逃げてしまい、裁判に出てこなければ保釈金の担保に入った家を明け渡さなければいけないと。ただでさえお金がなく、車もなく、近くの森でリスをとったり、お隣からおすそ分けをもらったりしている暮らしのなかで、家がなくなったら一家は確実に路頭に迷ってしまう。リーは、危険を冒しながらも父親捜しを始めるのだった。
なんとなく、アパラチアに住むスコッチ・アイリッシュ(いや、アメリカン)の暮らしぶりというか、「貧しい白人」のことは知っていた。トランプ旋風を巻き起こしたのも、アメリカで夢をつかめなかった彼らの後押しだったときいたし。この映画は、ミズーリ州のオザーク高原というところで現地の住民を巻き込んで撮影をしたとのことだが、主役のジェニファー・ローレンスがまるで現地育ちの子のようにたくましく生きていた。彼女が弱み(というか涙)をみせたのは、父の弟で叔父のティアドロップから「家と森を持っていかれる前に森を売れ」とのアドバイスを受け、悩むシーンだ。もはや、病気で判断力もなければ話もしない母親に相談しても返事がなく、ここで彼女がどんなに強くても、17歳の少女である、ということに気が付く。
それ以外の場面でのリーは、すべてにおいてたくましい。お金が必要になるため、入隊するとお金がもらえるという理由アーミーへ志願しようとしたり、小さい弟と妹に料理やリスのさばき方、銃の扱いを教えたり、恐ろし気な人たちに会うためにあちこちに乗り込んでいって威勢のいい言葉をはいたり、父の死を欺こうとする人にツバを吐いたりするのだから。はじめのほうで、リーがサンプ・ミルトンという、たぶん父親がやっているヤバい商売の元締めのような人のところに行って情報を得ようとするのだが、その妻の目といい態度といいしゃべり方といい、独特でこわい。いや、彼女に限らず、ある程度年のいった女たちはみんな、非常な迫力をもって家族を守ろうとしていて、びっくりする。ここで暮らす掟は、法的な権力なんかよりもずっと厳しい。そして、リーはこの地にいてもどうしようもないのに逃げ場もない。
こんな暮らしの中でもまともな人間としての理性を保ち、クスリもタバコも酒もやらず、家族を守ることだけを考えるリーが痛々しい。そして、リーが危機的状況にいるときに乗り込んでくるティアドロップに救いを感じる。
「冬の骨」…後半でやっとタイトルの意味がわかった。
映画ではいわゆるカントリーと呼ばれる音楽がたくさん出てくるが、映画の内容が濃すぎて音楽にまでは脳みそが回らなかった。当分はいろいろな人のこの映画のレビューや、ヒルビリーの文化が書かれた本などを読みたいと思う。
c-cross.cside2.com
【追記】
調べてみたら、Marideth Sisco & Blackberry Winterという人たちが映画のサントラに参加していた。 "Come All You Fair And Tender Ladies"というアパラチアに伝わる定番の曲だとか。
マリデス・シスコMarideth Siscoはオザーク高原西側をベースに活動する元ジャーナリストで、音楽はあくまでも彼女の引退後の収入源だったとか。ある映画人たちが取材でたまたま彼女の演奏をきいたことで、この映画にかかわることになり、"The Missouri Waltz" をはじめ、いくつかの曲をレコーディングしたという。そのエピソードの詳細はこちらの記事にあります。
www.nashvillescene.com
リーが父親の消息をたどって、父親がお付き合いしていたと思われる女性に会いに行くと、ちょうどそこでは彼女の母親の誕生日会が行われており、マルデスが"High on a Mountain"を歌っているのだった。この類の音楽が好きではないが、優しい声が印象的だと思った。