こちらの番組、「Au Bonheur de Nacre」は、なんとアコーディオン専門番組であった。司会者Pascal Savardが月に一度、地元フランス西部、24時間耐久レースで有名なル・マンにあるキャバレー"Le Pâtis au Mans"のステージに色々なアーティストを招いてライブを録画するというもの。アコーディオンといえばミュゼットというイメージがあるとは思うが、色々なジャンルの演奏をしていくことで、アコーディオンの魅力を伝える番組なのだ。
この番組のタイトル「Au Bonheur de Nacre」の"nacre"の意味がわからず、その音から勝手に英語のKnuckleを思い浮かべていた。しかしよく考えてみれば、ナックルは「指の付け根」なので、指先ならともかくアコーディオンには関係なさそうだ。というわけで調べてみたら、「真珠層」、つまり貝殻の内側のきらきらした部分を指す言葉なのだそうだ。きっとアコーディオンのボタン部分等にその素材が使われているから、「真珠層の幸せ」みたいな番組名なのだろう。ちなみにフランスにはアコーディオンフェス”Festival National d'Accordeon"というイベントもあり、この団体とも提携して制作している番組のようだ。
久々に活動状況をチェックしたら、残念ながらライブ出演はすべてキャンセルになっていたが、アルバムをリリースしていた。それがこの"Happy Birthday Django 110"だ。WawauもBireli Lagreneのような神童ギタリストで、13歳にはライブをやり、フュージョンやモダンジャズ、ビバップ等の演奏を経て、2000年くらいから自分のルーツであるSintiの音楽に回帰した、という。確かに、1991年のアルバム"With Body & Soul"は全体的にジャズだし、アルバムに収録されているNuagesもマヌーシュ・ジャズのスタイルではない。Wawauにもそんな時代があったんだなぁ。
さて今回のアルバムは、単にそのタイトルで生誕110周年を祝っているだけではない。‘Quintette du Hot Club de France’に敬意を表し、録音方法までオリジナルを忠実に再現したらしい。アルバムの解説によれば、たとえばWawauが収録に用いたギター、Selmer 828は、これはジャンゴ・ラインハルトが愛用していたSelmar 503と同時期、1940年代に作られたものだという。このギターそのものの音は、Wawauのこちらの動画で味わうことができる。
共演しているメンバーとしては、たしかDjango in NY等のイベントで海外ツアーでも一緒に共演しているコントラバスのジノ・ロマンGino Romanや、こちらも親子で活躍するギタリスト、ブラディ・ウィンテルステインBrady Winterstein、アコーディオンのリュドヴィック・ベイエールLudovic Beier、こちらも有名ギタリストのノエ・ラインハルトNoé Reinhardtなど、マヌーシュ・ジャズが好きだったら間違いなく惹かれるラインナップだ。
5月20日までにアップされている映像は全部で8曲なのだが、素晴らしいのがこの選曲センスだ。普通、マヌーシュ・ジャズのリズムギター奏者だったら、ポンプ炸裂の、いわゆるマヌーシュ・ジャズのスタンダードアレンジばかりをアップしそうなものだが、決してそうなってはいないのだ。ヴァイオリンは当たり前としても、ドラムや歌、トランペット、フェンダーローズと共演している映像もあり、それがマヌーシュ・ジャズらしさといい割合で融合しているのだ。個人的には、「Stella By Starlight」とMichelle Legrandの名曲「Watch what happens」のアレンジに癒された。