ジャンゴの時代を忠実に再現。Wawau Adlerの新作"Happy Birthday Django 110"

ドイツ、カールスルーエ出身、Sintiにツールを持つギタリスト、ワワウ・アドラーWawau Adlerのことは、定期的にその動向をチェックしている。理由はただひとつ。8年ほど前にドイツをドライブした際、“Bremer Gypsy Festival”というものを見つけて、わざわざブレーメンのはずれにある、シュラハトホフ文化センター(Kulturzentrum Schlachthof)というところに出向いたことがある。ジプシー文化を語るようなトークセッションもあるようなマニアックなイベントで出てきたのが、Wawau Adelr Groupだった。Wawauのどのアルバムにも参加しているベーシスト、ジョエル・ロシャーJoel Locherも一緒だったかな。このライブに感動して以来、たまに情報をのぞくようにしているのだ。

久々に活動状況をチェックしたら、残念ながらライブ出演はすべてキャンセルになっていたが、アルバムをリリースしていた。それがこの"Happy Birthday Django 110"だ。WawauもBireli Lagreneのような神童ギタリストで、13歳にはライブをやり、フュージョンモダンジャズビバップ等の演奏を経て、2000年くらいから自分のルーツであるSintiの音楽に回帰した、という。確かに、1991年のアルバム"With Body & Soul"は全体的にジャズだし、アルバムに収録されているNuagesもマヌーシュ・ジャズのスタイルではない。Wawauにもそんな時代があったんだなぁ。

さて今回のアルバムは、単にそのタイトルで生誕110周年を祝っているだけではない。‘Quintette du Hot Club de France’に敬意を表し、録音方法までオリジナルを忠実に再現したらしい。アルバムの解説によれば、たとえばWawauが収録に用いたギター、Selmer 828は、これはジャンゴ・ラインハルトが愛用していたSelmar 503と同時期、1940年代に作られたものだという。このギターそのものの音は、Wawauのこちらの動画で味わうことができる。


こだわりはギターだけではない。レコーディングに使ったマイクも、2本しか現存していないという、ジャンゴのバンドが活躍していた40年代に使われたモデルを利用したという徹底ぶりだ。だし、さすがにソロ演奏までを完全コピーしたわけではない、という。「ジャンゴだったらどうするだろう」と自分自身に問いかけながら、再現した当時の環境下で演奏した結果できあがったのがこのアルバム、ということだ。

共演者として、ジョエル以外にも、 リズムギターにホノ・ウィンテルステインHono Wintersteinあたりは慣れたメンバーである一方で、注目すべきは、ホノの紹介でこのアルバムに参加したという、ヴァイオリニストのアレクサンドル・キャヴァリエールAlexandre Cavaliereだろう。ベルギー出身34歳、音楽家の家族に生まれ、ピアノやパーカッションなどにも親しみつつヴァイオリン奏者として活躍している。12歳でディディエ・ロックウッド Didier Lockwoodに見初められ、レッスンを受けたという。ヴァイオリンはHot Clubの編成に欠かせない楽器であり、このアルバムでも味のあるソロで存在感を見せている。

このアルバムのプロモーション動画がいくつか準備されているので、ぜひ確認してほしい。

音楽配信サービス経由で入手可能だが、Wawauらしからぬ派手なジャケットのCDを手に入れるのもいいなぁ。イメージではいつも黒いキャップをかぶっているWawauだが、最近は趣向を変えたのかな。それとも、あの黒いキャップはアレクサンドルにあげちゃったのだろうか。プロモーション動画で唯一黒いキャップをかぶっているアレクサンドルをみながら、そんなことを考えてしまった。
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