渋谷コクーン歌舞伎第16弾「切られの与三」


歌舞伎の世話物、「与話情浮名横櫛」(瀬川如皐 作)を、串田和美氏の演出によりアレンジしたという「切られの与三」を観に行った。実はコクーン歌舞伎を観るのは初。何の前情報もなく楽しむことができた。

主役は七之助が演じる与三郎、江戸の大店の跡継ぎだが、評判の美男子だったが放蕩息子っぷりが目に余るため、木更津に勘当され、江戸の方をみながら懐かしむ暮らしを送っていた。その与三郎が浜で見染めたのが、中村梅枝が演じるお富だ。芸者だったお富も与三郎にほれ、地元の親分である旦那の目を盗んで与三郎とあいびきをしようとするが、それがばれてしまい、三十数か所も切りつけられ、お富も海に身を投げる。
そして3年後。その傷の恐ろしさからゆすりの強盗を生業としていた与三郎は、ひょんなことからお富と再会するのだった。二人は結ばれるのか。

歌舞伎役者の素晴らしさに、演劇での実績がある笹子高史がからむことで新たな魅力を感じる。また鳴り物も舞台脇にピアノ、ドラムス、ベース、三味線、そして波の音等の効果音担当までが演奏をして場面を盛り上げる。波打ち際の風景とか雨の降るさまは、伝統的なスタイル(さらしを動かす)などと、イメージ画像の投影等が融合した演出も新鮮だった。(批評家にはマンネリだとか色々と言われているようだったが)。ステージの使い方も斬新にみえた。どこの席にいても役者を近くで眺めるチャンスがある、というのは、ファンにはたまらないことだと思う。

何よりも、その他大勢の人が行き交う場所で、二人が出会うシーンにおける、主役へのスポットのあてかたは秀逸。人々が一気に背景になる瞬間がカッコよかった。縦横無尽に会場を動き回る七之助も、非常に魅力的だった。いい俳優さんなんだな、と改めて認識した。古典の演目をこれだけわかりやすく、親しみやすくするコクーン歌舞伎、素晴らしいね。勘三郎亡き後もずっとその精神を受け継いで、上演を続けていってほしい。

ちなみにこの舞台で「お富さん」と与三郎が再会したときに、咄嗟に思い出したのがこれだ。春日八郎の「お富さん」。

はっきりいって歌詞はもちろんその意味も知らなかったが、与三郎の気持ち的に、「え、お富はあの時死んだんじゃなかったの?」と感じているだろう場面で、急に「死んだはずだよ、おっとみさんー」という歌詞の一部が脳裏に浮かんだ。後日歌詞を調べてみたら、二番にはこんな歌詞も出てきた。「過ぎた昔を 恨むじゃないが 風も沁みるよ 傷の跡 久しぶりだな お富さん 今じゃ呼び名も 切られの与三よ...」 おお、この二人の名前が出てきたということは、確実にこの演目をベースに作られた曲だったんだ! 意外なところで意外な気付きがあるものだ。